自民党総裁選の勝者はまさかの高市さんでした。
でも自民党議員の9割が日本会議、統一教会などの影響下にあるとされていることを考えれば当然の結果でした。巷間、言われるように参政党の躍進による右派離れだけが原因ではないという事です。
地方組織は比較的選挙民に近い感覚を持っているとされましたが、統一教会などは地方議会にも勢力を伸ばしているとされています。当然支持する人も固めているはずです。
その集まりが国会議員だとしたら、当然のように彼らの信条に近い高市さんが選出されるわけです。
それにしても政治の劣化が止まりません。
派閥解消と言いながら麻生さんは陰の功労者として副総裁に復帰、萩生田さんも要職に就くとか、
派閥解消と言いながら麻生さんは陰の功労者として副総裁に復帰、萩生田さんも要職に就くとか、
裏金議員も統一教会問題議員も見事な復活を遂げたようです。
☆今日のキジ白君とサビちゃん
最近、一人できたり、一日来なかったり、夕方だけだったりと来方が不規則になりました。
二人とも体格が良いし元気なので、もっと美味しい餌場を見つけたかな・・・
安心できるねぐらのそばの餌場かもしれないなどと自分を納得させています。
そう言う場所が他にもあったほうが良いからね‥‥‥



最近、一人できたり、一日来なかったり、夕方だけだったりと来方が不規則になりました。
二人とも体格が良いし元気なので、もっと美味しい餌場を見つけたかな・・・
安心できるねぐらのそばの餌場かもしれないなどと自分を納得させています。
そう言う場所が他にもあったほうが良いからね‥‥‥



いろいろなニュースが溢れて、どれも気になるのに深く書けないでいる。
今年の夏の疲れは例年以上に厳しくて夕方になると疲れがどっと出てPCへの気力も湧かない。
それでも書き留めておきたいことだけを列記しておこうと思う。
☆悠仁様の加冠の儀
まずは皇位継承第二位の悠仁様の加冠の儀が行われた。
正式に継承順位の格が上がったような印象だが、たんに1年遅れに成年の儀式をしただけのこと。
この儀式、昔は女性にも裳着などと言って成年を意味する儀式があったのに今は行われていない。

上の写真は悠仁様、加冠の儀の皇族方と紀子さま親族の姿。
後方に紀子さまの弟、舟氏と着物姿の奥様の姿がある。
☆戦後80年
今年は戦後八十年と言うことで硫黄島から始まった慰霊の旅は沖縄、広島、長崎で終わった。
目を引いたのは沖縄、長崎に愛子様が同行された事。
このような場面に子供が同行したことはこれまでになかったこと、愛子様は皇位継承者ではないが戦争犠牲者への慰霊の継承をするというお考えなのだろうか。
☆天皇ご一家の公務
万博や植樹祭、国民スポーツ大会など見慣れた公務が多い。
それに加えて愛子様の公務は日本の伝統とか、あまり日の目を見ないものに注目が行くきっかけになると思うものが多い。たとえば馬事公苑で開かれた馬術競技の観戦、伝統的な馬術競技である母衣引きは皇室の車馬課主馬班が行う。皇室と馬の関係なども知ることが出来て面白かった。
動物愛護フォーラムにお出かけする。
以前より保護犬を引き取られたり迷い込んだ野良猫を飼養されている。
天皇ご一家を見ていると公務とはこうあるべきとの姿が見えるように思う。
☆三笠宮家の継承
百合子様がなくなり、孫の彬子様が三笠宮家の当主となられた。
三笠宮さまがなくなられた後は長男の寛仁親王が継ぐはずだったが、父より先に亡くなったので、妻の百合子さまが継がれた。百合子さまが亡くなれば寛仁親王妃の信子さまが継ぐのが通例なのだが、娘たちとの折り合いが悪く信子さまは家を出ていた。なぜか娘たちは寛仁親王や百合子さまの葬儀に信子妃を参列させない。皇室経済法では家族で話し合って分家も可とするとか…
法律的には問題がないらしいが、何か釈然としない結果だった。
向け穴だらけの皇室典範、天皇にのみ厳しい規則を敷いて、他の宮家には大甘だ。
自分の家のことは自分たちで決められるなら天皇ご一家も愛子様を跡継ぎにしても問題ないと思うが。

↓現天皇の幼少のころ、浜尾侍従が教育係としてつけられた。
シルクハットの正式な持ち方の指導があったようだ。
浜尾さんは華族の出身、外国との付き合いが多い皇室ならプロトコルの重要性も分かっていた立場。
今の民間出身の皇族方にはない素養だった。
最近の皇室のあまりの俗っぽさに疑問を感じているのですが、この写真を見つけて、皇室と民間人の結婚にはある程度の厳しさが必要だと思い始めています。

さて、日本の総理も初の女性となる模様だが
高市さんは男系男子を是とする方だ。
これまでの高市さんは、政権に都合の悪い放送局は電波を止めるととか、
A級戦犯は東京裁判で裁かれたのだから罪人ではないという歴史認識を持つ。
憲法に自衛隊を明記する、選択制夫婦別姓には反対など、かなりの強行右派ぶり。
さてさて、これからどのような社会になって行くのか心配は尽きない。
この儀式、昔は女性にも裳着などと言って成年を意味する儀式があったのに今は行われていない。

上の写真は悠仁様、加冠の儀の皇族方と紀子さま親族の姿。
後方に紀子さまの弟、舟氏と着物姿の奥様の姿がある。
☆戦後80年
今年は戦後八十年と言うことで硫黄島から始まった慰霊の旅は沖縄、広島、長崎で終わった。
目を引いたのは沖縄、長崎に愛子様が同行された事。
このような場面に子供が同行したことはこれまでになかったこと、愛子様は皇位継承者ではないが戦争犠牲者への慰霊の継承をするというお考えなのだろうか。
☆天皇ご一家の公務
万博や植樹祭、国民スポーツ大会など見慣れた公務が多い。
それに加えて愛子様の公務は日本の伝統とか、あまり日の目を見ないものに注目が行くきっかけになると思うものが多い。たとえば馬事公苑で開かれた馬術競技の観戦、伝統的な馬術競技である母衣引きは皇室の車馬課主馬班が行う。皇室と馬の関係なども知ることが出来て面白かった。
動物愛護フォーラムにお出かけする。
以前より保護犬を引き取られたり迷い込んだ野良猫を飼養されている。
天皇ご一家を見ていると公務とはこうあるべきとの姿が見えるように思う。
☆三笠宮家の継承
百合子様がなくなり、孫の彬子様が三笠宮家の当主となられた。
三笠宮さまがなくなられた後は長男の寛仁親王が継ぐはずだったが、父より先に亡くなったので、妻の百合子さまが継がれた。百合子さまが亡くなれば寛仁親王妃の信子さまが継ぐのが通例なのだが、娘たちとの折り合いが悪く信子さまは家を出ていた。なぜか娘たちは寛仁親王や百合子さまの葬儀に信子妃を参列させない。皇室経済法では家族で話し合って分家も可とするとか…
法律的には問題がないらしいが、何か釈然としない結果だった。
向け穴だらけの皇室典範、天皇にのみ厳しい規則を敷いて、他の宮家には大甘だ。
自分の家のことは自分たちで決められるなら天皇ご一家も愛子様を跡継ぎにしても問題ないと思うが。

↓現天皇の幼少のころ、浜尾侍従が教育係としてつけられた。
シルクハットの正式な持ち方の指導があったようだ。
浜尾さんは華族の出身、外国との付き合いが多い皇室ならプロトコルの重要性も分かっていた立場。
今の民間出身の皇族方にはない素養だった。
最近の皇室のあまりの俗っぽさに疑問を感じているのですが、この写真を見つけて、皇室と民間人の結婚にはある程度の厳しさが必要だと思い始めています。

さて、日本の総理も初の女性となる模様だが
高市さんは男系男子を是とする方だ。
これまでの高市さんは、政権に都合の悪い放送局は電波を止めるととか、
A級戦犯は東京裁判で裁かれたのだから罪人ではないという歴史認識を持つ。
憲法に自衛隊を明記する、選択制夫婦別姓には反対など、かなりの強行右派ぶり。
さてさて、これからどのような社会になって行くのか心配は尽きない。
